どーも、マンガは人生!とまほーく(@tomahawkch)です!
最近、Twitterで少年ジャンプにおける「女性蔑視の表現」とか、「性差別だ」とかの諍いを目にしたので、思ったこと一つ言ってもいいですか。
それは、
マンガに似非ポリコレを持ち込むんじゃねーーーーーーー!!!!!
ということ。
ポリティカル・コレクトネスとは?
ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness)というのは、Wikipediaによると以下の通りです。
日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、
なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、
容姿・身分・職業・性別・文化・人種・民族・信仰・思想・性癖・健康(障害)・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。(Wikipediaより引用)
難しいのでイメージしやすい例を挙げると、
昔は「保母さん」って呼んでたのに、それじゃ男性はどうなんだ!という話になって、呼称が「保育士さん」になったよ、みたいな話です。
「障害者」じゃなくて「障がい者」にする、とかね。
んで、ポリコレの考え方自体は凄く真っ当な話で、私も全然反対とかないですし、むしろそうするべきだと思います。
ただ、
俺の意見が何より正しい!ほかの意見は悪!即!斬!
みたいな、自称正義を振りかざす、ポリコレモンスターたちが非常に多いことに辟易としています。
ポリコレは「お前の正しさ」を正当化する道具じゃねーーーーー!!!!
商業作品なんだからターゲットがあるのは当たり前
マンガの話に戻りますが、そもそも商業作品、それもフィクションに、ポリコレを持ち込むのはどうなんだ?と思っていて、
それは、ポリコレのことを単純に気に入らない作品を非難するためのものとして使う「似非ポリコレ」が流行っているように感じるからです。
例えば少年ジャンプは、少年を「ターゲット」にしてるんだから、少年の心をくすぐるものが一番求められてるわけですよね(いまはオジサンのほうがターゲットだけど)
これは特段おかしなことじゃなくて、女性には女性をターゲットにした雑誌もたくさんありますよね。
それって、差別じゃなくて区別なんですよね。
売れなきゃいけないんだから、狙う層があって当たり前なんです。
ポリコレ以前に、この差別と区別の違いを理解しようとしない人が多いように感じます。
内容がターゲットに寄っていくのも必然
そりゃージャンプを老若男女が買ってくれるならそれでもいいさ。そんなの一番嬉しいに決まってますから。
でもそんなことはないから、集英社も知恵を絞って、ターゲットを決めてるわけですよ。
少年には「ジャンプ」、少女には「りぼん」、つって。
そんで、ターゲットに好かれるような雑誌を頑張って作って、とまほーくみたいなやつがジャンプを好きになって、ジャンプを買って読む。それが自然じゃん?
別にとまほーくは「男だから少年ジャンプを買わなきゃいけない!りぼんは買っちゃダメ!」って思ってるわけじゃなくて、りぼんよりもジャンプの内容の方が好きだから、ジャンプを買うわけです。
商業作品なんだから、ある意味ターゲットに「媚びる」のはむしろ必然だと考えます。
差別を許容しているわけじゃない
もちろん、誤解のないように言っておくと、差別的な表現を容認しているわけじゃないです。
そんなもの、男だろーと女だろーと、何なら人種とか民族とか関係なく、無くしていかなければいけないものだと思っています。
本当のポリティカル・コレクトネスってそういうものだと思います。
でも、例えばちょっとエッチなシーンが出てきて、「これは女性読者のことを考えてない」とか、そういうのは違うんじゃない?、って話です。それは差別じゃなくて、区別なのです。
作者も読者も、差別と区別の線引きを社会的に正していかないといけないよね、というだけの話で、自分の好みじゃないからと言って、似非ポリコレを振りかざして特定のマンガを糾弾するべきではないのです。
作品が好きだからこそ指摘する、とかいう欺瞞
ポリコレモンスター界隈では、「作品が好きだからこそ指摘する」、というのを良く目にするのですが、それは欺瞞だと思っています。
「私はジャンプが好きなんです!だからこそジャンプを良くしようと思って意見しているんです」
って、いやそれお前ジャンプ好きじゃねーーーーーだろ!!!!!何様だよーーーーーーー!!!!!
なんで気に入らないマンガが載っているからと言ってジャンプを変えようとしてしまうのか。というか、なんでジャンプが変わってくれると思ってるの??って話で。
別に、改善意見の全てを否定しているわけじゃないけど、読者の意見はあくまで一読者の意見なんですよ。
全員が好きになる雑誌なんてないんだよーーー!!!!
そもそも一読者の意見で変わるようなことはない
そもそも、一読者の意見でいちいち雑誌の方向性が変わっていたら、今頃ジャンプはジャンプじゃなくなってるよ。わけも分からん多種多少なクレームを織り交ぜた悲しきキメラになってるよ。
もちろん、好き嫌いじゃなくて、差別表現を是正すべき!という話なら、その通りよろしくない表現は修正されていくべきで。
例えば少年漫画でよくある、スカートめくりだったり女風呂覗きだったり。
そういうのは、いじめとか、犯罪の助長をする行為として、指摘されても仕方がない話です。
けどそれは、時代の流れ、民意による正しいポリティカル・コレクトネスが働くことによって、そのように変わっていくのであって、「お前のため」に変わるわけじゃねーから!
多分、あなたが気に入らなくなった時点で、あなたのための雑誌では無くなっているんですよ。
さっさと見切って、どうぞ早く次に行ってください。雑誌は腐るほどありますから。
なんで「読む」「読むけど気に入らないから文句言う」の選択肢しかないのか。
「読まない」という選択肢を選んでもいいんですよ?
大事なのは言葉尻じゃなくて本質
この話、とまほーくがジャンプ好きすぎてジャンプを擁護しているだけのように見えるかもしれないけど、別にマンガに限った話じゃないんですよね。
冒頭のポリコレの例で出た「障がい者」の話をすると、
とまほーく的には表記が「障害者」でも「障がい者」でも、マジでどっっっちでもいいんですよ。
それは、冷たいとか興味がないとか、無神経なんじゃなくて、
「別にそんな言葉尻とらえていちいち憤慨しててもしょうがないじゃん!」という思いです。
そんなくだらねーことで言い争ってる暇があったら、少しでも本人たちのためになること考えた方が良いに決まってるんだもん。
だって、障害者が障がい者という表現に変わったところで、本人たちには何の影響もないでしょう。
物事の本質を考える力を養う方が100倍大事
似非ポリコレを巧みに使うポリコレモンスターたちって、そういう「本質じゃないところで騒ぎ立ててる人たち」が本当に多い気がする。
本来は差別を無くすためのポリコレであるはずが、いつの間にやら自分の気に入らないものを叩くための便利な隠れ蓑になってやしないか。
そんな表面のどーーーでもいいことに囚われてないで、本質で物事を考える力を養う方が100倍大事ですよ。
これを読んでくれた皆様は、差別と区別も理解しようとしない哀れなポリコレモンスターにはどうかならないでください。それだけが私の望みです。
まとめ
ポリコレは自分の意見を正当化するためのものじゃない。
ましてや、気に入らない作品を叩くための武器じゃないのです。
差別を容認するという意味じゃありません。差別と区別は違うものだと理解することです。
差別はもちろん是正されていくべきです。
でも本質じゃないところで騒ぎ立てて、色んな人が傷つくようなことになるのは誰も得しないよ、というお話でした。
激情に駆られて書きなぐったから、まとまりなくてゴメンちゃい。でもたまにはこういうのもいいよね。いいよね?
※本記事には、ポリコレと表現の自由が交錯している部分があるかもしれませんが、許してください何でもしますから(何でもするとは言ってない)
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